津地方裁判所 昭和43年(行ウ)2号 判決 1970年2月26日
原告 山本勝太郎 外一名
被告 津市長 外一名
主文
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告ら
「被告津市長角永清(以下被告津市長という)は、昭和四二年一〇月一日津競艇一五周年記念競走に際して、報償金として、元津市長志田勝に金五〇〇、〇〇〇円、元津市助役中西甚七に金一〇〇、〇〇〇円、現津市議会議員七名および元津市議会議員野田宗に合計三七〇、〇〇〇円を支給した行為を取消せ。
被告角永清は前項記載の行為によつて津市の蒙つた損害合計金九七〇、〇〇〇円を補填せよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決。
二、被告ら
主文同旨の判決。
第二、原告らの主張
一、原告両名はいずれも津市の住民である。
二、被告津市長は、昭和四二年一〇月一日津競艇一五周年記念競走に際して、報償金として、元津市長志田勝に金五〇〇、〇〇〇円、元津市助役中西甚七に金一〇〇、〇〇〇円、現津市議会議員七名および元津市議会議員野田宗の八名に合計金三七〇、〇〇〇円を支給した。
三、右支出は以下に述べる理由によりいずれも違法である。
1、地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇四条、第二〇三条)には、普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長、その補助機関たる常勤の職員に対しては同法第二〇四条に掲げる給料、手当、旅費および同法第二〇五条の退職金、その議会の議員等の非常勤職員に対しては同法第二〇三条に掲げる報酬、費用弁償および期末手当以外にはいかなる形式、名目の給付も支給することができない旨規定されているが、右規定は現にその職員であるもののみならず、過去において職員であつたものに対する給付を禁止しているものと解される。従つて前記の支出、すなわち、現津市議会議員に対して給付した報償金は勿論、元市長、元助役および元議員に対して給付した報償金もすべて地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇四条、第二〇三条)に違反する違法の支出というべきである。
2、前記各金員の支給のうち現津市議会議員七名および元津市議会議員野田宗に対する金員の支給について、津市の係職員が津市議会において右の報償金は津市競艇運営協議会委員表彰規程にもとずいて支給した旨答弁していることからみて、右八名に対する本件の各金員の支給はおそらく同規程にもとずきなされたものであろうが、同規程には金品の贈与に関しては何らの定めもされていないのである。このことは要するに、第二項掲記の金員支給が何等法律又はこれにもとずく条例によらずしてなされたことを示す証左以外のなにものでもなく、本件の各金員の支給が地方自治法第二〇四条の二に違反する違法のものであることは否定の余地なきものである。
四、仮りに被告の主張する如く、現および元市議会議員に対する本件の各金員が議員としての各位に支給されたわけではなく、右の八名が競艇運営委員として功労があつたとしてその表彰とともに支給されたものであるとしても、競艇運営委員の中で市議会議員から選任される六名の競艇運営委員は、市議会議員であることによつてその資格を取得することができるものであり、右競艇運営委員の仕事は市議会議員本来の職務と関連を有しているものというべきであるから、右の各金員支給はやはり地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇三条)に違反するものというべきである。
五、よつて原告らは昭和四二年一二月二七日地方自治法第二四二条にもとずき津市監査委員に対し、前記(三の1、2)の理由で監査請求したところ、同監査委員から昭和四三年二月一五日前記支出は地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇四条、第二〇三条)に違反しない旨の決定通知がなされた。
そこで原告らは同法第二四二条の二の規定にもとずき本訴に及んだ。
第三、答弁および被告らの主張
一、原告ら主張事実第一、二、五項記載の事実を認める。
二、同第三、四項については後記のとおりこれを争う。
三、まず第一に、地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇四条、第二〇三条)は現に地方自治体の職員である者のみに対する給与その他の給付の支給に関する規定と解すべきところ、志田勝は元津市長、中西甚七は元津市助役、野田宗は元津市議会議員であつたが、本件各金員の支給当時はいずれもすでに議員ではなくなつていたのであるから、右の者らに対する本件各金員の支給に関する限り、それが前同法条に違反するということから違法とされる理由はない。
のみならず、元市長志田勝と元助役中西甚七に対しては、両氏が津市の貧窮な財政を憂い、永久にこれを救う方策として競艇事業をはじめ、よつて津市発展に寄与する財源を確保した功績は、津市表彰規則第二条に該当するので、被告津市長は右両名を右規則第二条により表彰し、これに同規則第三条にもとづいて本件金員を授与したのであり、また元津市議会議員野田宗に対しては、後記七名の現市議会議員に対する表彰等と同様に津市競艇運営委員として功労があつたので津市表彰規則および津市競艇運営協議会委員表彰規程にもとづき表彰するとともに本件金員を表彰品代として授与したのであるから、右の各金員の支給はいずれも右表彰規則にその根拠を有するものであつて、適法行為であることは明らかである。
四、次に志田勝、中西甚七、野田宗を除く七名は、本件各金員の支給当時現に津市議会議員であつたけれども、いずれもその当時またはそれ以前に津市競艇運営委員でもあつたものであり、被告津市長は津市競艇運営協議会委員表彰規程および津市表彰規則により右七名をいずれも市議会議員の本来の職務以外の仕事である競艇運営委員として津市に功労があつたとして表彰するとともに本件各金員を表彰品代として支給したものであるから、たまたま右七名が市議会議員であるからといつて、右の各支給は地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇三条)で禁止している議会の議員に対する給与その他の給付の支給に該るものではない(津市競艇運営協議会を構成する委員は市議会議員から六名選任されるほか津市の議員から三名、三重県競走会役職員から三名選任されるものであり、このことからみても右委員の仕事が市議会議員本来の職務と関係のないことが明らかである。)。
なおちなみに、津市競艇運営委員は津市競艇運営協議会を構成して側面より津市の競艇事業の発展に尽力をすべく設置せられたものであるが、昭和二六年六月一八日法律第二四二号モーターボート競走法が運営委員会なるものの設置を規定していないこと、津市においては昭和三一年一〇月一日発布の「委員会の委員等の報酬および弁償に関する条例」があり、各種委員会の委員および非常勤の職員の報酬および費用弁償等に関して詳細な規定がおかれているが、これには競艇運営委員については何ら規定されていないこと、競艇運営委員には常時または臨時に何らの給与、報酬も支給されていないこと等からしても、競艇運営委員が地方自治法第二〇三条に規定する委員または非常勤の職員には該らない。
よつて右七名に対する本件各金員の支給も地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇三条)に違反するものでない。
第四、証拠<省略>
理由
一、原告ら主張第一、二、五項記載の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで先ず志田勝、中西甚七、野田宗に対する金員の支給について考える。
地方自治法第二〇四条の二は「普通地方公共団体はいかなる給与その他の給付も法律またはこれに基く条例に基かずにはこれを第二〇三条第一項の職員(普通地方公共団体の議会の議員、委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争調停委員、審査会、審議会および調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人および選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の議員)および前条第一項の職員(普通地方公共団体の長およびその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長または書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長もしくは書記長、委員の事務局長または委員会もしくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員)に支給することはできない。」旨規定しているところ、前記の如く志田勝が元津市長、中西甚七が元津市助役、野田宗が元津市議会議員であつたが、本件金員の支給当時にはこれらの職にはなかつたことについては当事者間に争いがない。
しかして市長が同法第二〇四条第一項の普通地方公共団体の長に、市助役が同条項の補助機関たる職員に、市議会議員が同法第二〇三条第一項の普通地方公共団体の議会の議員に該ることは明らかであり、現にこれらの職にあるものに対する法律または条例に基かない金員の支給が同法第二〇四条の二によつて禁止されていることも明らかである。
そこでかつてこれらの職にあつたものに対する金員の給付もまた同条によつて禁止されていると解すべきか否かについて検討するに、地方自治法第二〇四条の二が昭和三一年法律第一四七号により創設されたのは、従来普通地方公共団体が支給を義務づけられていた給与以外にいかなる種類の給与を支給するかそれは普通地方公共団体の自決事項とされていたために、その給与体系はきわめて区々であり、全く統一を欠いていて、不明朗なる給与の支給や不当な増額が行なわれる例も決して少なくなかつたことから、その給与体系を整備し、その明朗化、公正化をはかつたからにほかならない。
このような同法第二〇四条の二が新設された経過および同条の文理に照らして考えると、同条は現に地方公共団体の職員である者に対する給与その他の給付の支給について規定したものであることは明らかであり(もつとも退職した職員に対する給与その他の給付の支給でも、例えば退職慰労金を支給する等当該職員が職員たる地位を失つた時期と支給の時期がきわめて密着する場合等において本条が類推適用されうる場合はありうる)、かつて職員であつた者に対する給付についてもすべて本条の適用があるとは到底解しえない。
そこでこれを本件について考えるに前記の如く志田勝、中西甚七、野田宗はいずれもかつて津市の職員であつたが本件各支給時よりかなり以前に職員たる地位を失つたものであるから(この事実は当裁判所に顕著な事実である)、右三名に対する本件各金員の支給について同条を類推適用することはできないというべきである。
よつて、右三名に対する本件の各金員支給が同条に違反するから違法であるとの原告らの主張は既に理由がないものといわなければならない。
三、次に現津市議会議員である七名に対する本件各金員の支給について考える。
右七名がいずれも本件各金員の支給当時またはそれ以前に津市競艇運営委員であつたことは原告らにおいて明らかにこれを争わないから自白したものとみなすべきところ、右事実にいずれも成立に争いのない甲第三号証乙第一号証、証人小菅秋生、同青山瑩彰の各証言を総合すると、津市においては昭和二七年頃から競艇事業を行なうにいたつたが、昭和三一年頃右事業に関する市長の諮問機関として津市競艇運営協議会が設置せられたこと、競艇運営協議会は市長によつて市議会議員のうちから任命された六名、三重県競走会の役職員のうちから任命された三名、市の職員のうちから任命された三名合計一二名の競艇運営委員によつて構成されているが、市長が市議会議員、三重県競走会役職員のうちから競艇運営委員を任命するについてはそれぞれ市議会、三重県競走会の推せんしたものを参考にしていること、市議会議員のうちから任命された競艇運営委員は、三重県競走会の役職員、津市の職員のうちから任命された競艇運営委員とその資格、機能等において何らことならないこと、津市においては昭和四二年一〇月一日競艇事業開始一五周年記念レースを行なつたが、それに先立つ同年八月ごろ、津市競艇運営協議会は、競艇事業が津市の財政に寄与した点はきわめて大きいとし、競艇事業開始一五周年を記念して、競艇事業関係者のうち功労の大きかつた者を表彰することにつき討議し、競艇事業を開始した当時の市長志田勝、当時の助役中西甚七および競艇運営委員の一部を表彰することとし、志田勝、中西甚七には功労金を、表彰を受ける競艇運営委員には記念品代を支給する旨被告市長に答申したこと、被告市長は右にもとづき、元市長志田勝、元助役中西甚七、元および現競艇運営委員の一部を表彰するとともに功労金として元市長志田勝に金五〇〇、〇〇〇円、元助役中西甚七に金一〇〇、〇〇〇円を支給することとし、右合計金六〇〇、〇〇〇円については同年九月の市議会において補正予算案が可決されたこと、競艇運営委員の表彰については競艇運営協議会において同年九月三〇日表彰の基準を定めた津市競艇運営協議会委員表彰規程を制定したこと、被告津市長は同年一〇月一日元津市長志田勝、元津市助役中西甚七、右表彰規程に定められた基準(競艇事業を開始した当時および在任期間五年以上)に該当する競艇運営委員のうち市議会議員から任命された元および現競艇運営委員である野田宗ほか本件の七名を表彰するとともに元津市長志田勝、元津市助役中西甚七については前記補正予算にもとづき前者に対して金五〇〇、〇〇〇円後者に対して金一〇〇、〇〇〇円を功労金として、右元および現競艇運営委員八名については津市表彰規則第三条にもとづき特別会計予算中の競艇事業費の報償費から合計金三七〇、〇〇〇円を記念品代として各支給したことが認められる。
原告らは、市議会議員のうちから任命された競艇運営委員は市議会議員であることによつてその資格を取得することができるものであり、競艇運営委員としての仕事は市議会議員本来の職務と関連を有しているものというべきであるから、たとえ前記七名を競艇運営委員として功労があつたとして表彰し、本件各金員を支給したとしても、右各支給は地方公共団体の議会の議員に対する金員の支給として地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇三条)に違反する旨主張するので考えるに、前記認定の如く競艇運営委員を任命する権限は、市議会議員のうちから任命される六名についても市長が有していること、市議会議員のうちから任命される六名の競艇運営委員は三重県競走会の役職員、津市の議員から各三名任命される競艇運営委員とその資格、機能等において全く同じであること等から考えて、市議会議員のうちから任命される競艇運営委員の仕事は市議会議員の本来の職務とは関係のないものというべきであり、競艇運営委員として津市に功労があつたとしてなされた右七名に対する本件各金員の支給が地方公共団体の議会の議員に対する金員の支給であるとは解しえない。
たとえこのように右七名に対する本件各金員の支給が競艇運営委員として津市に功労があつたとしてなされたものであるとしても、運営委員のうちで表彰を受けて記念品代の支給を受けた者が元および現市議会議員から任命を受けた者のみであることからみて、それは実質的には、競艇運営委員および記念品代の支給に名をかりた市議会議員に対する金員の給付とみるべきであり、地方自治法第二〇四条の二(同法第二〇三条)に違反する違法な公金の支出であるとの見方がなりたち得るかどうか念のためさらに考えてみるに、前記の如く表彰を受けて金員の支給を受けたのはいずれも市議会議員のうちから任命された競艇運営委員であるところ、証人小菅秋生の証言によると前記津市競艇運営協議会で競艇事業開始一五周年記念に際して競艇運営委員を表彰する件につき討議がなされた際には市議会議員のうちから任命された競艇運営委員だけでなく、三重県競走会の役職員および津市の職員のうちから任命された競艇運営委員もその対象として討議されたこともあり、前記津市競艇運営協議会委員表彰規程で定められた基準に該当する三重県競走会の役職員および津市の職員のうちから任命された競艇運営委員も若干名存在したが、競艇運営協議会は前記答申では元および現市議会議員である競艇運営委員のみをその対象としたこと、元および現市議会議員である競艇運営委員のみがその対象とされ、三重県競走会の役職員および津市の職員のうちから任命された競艇運営委員が対象から除外されたのは、三重県競走会の役職員および津市の職員である競艇運営委員の競艇運営委員としての仕事はそれぞれ本務である三重県競走会の役職員としての仕事および津市の職員としての仕事の一部というべきであるに反して、市議会議員である競艇運営委員は本来の市議会議員としての職務以外に競艇運営委員としての仕事に精励してきたこと、三重県競走会の役職員である競艇運営委員は表彰を受けることを辞退したこと等の理由であることが認められるところ、右の理由は一応合理的なものといいうるうえ、前記の如く右七名に対する金員は特別会計予算中の事業費の報償費から支出されていること等を考え合わせると、その点に関して他に特段の主張および証拠の認められない本件では、右七名に対する本件金員の支給をもつて、競艇運営委員の表彰および記念品代の支給に名をかりた市議会議員に対する金員の給付とみることはできないといわざるをえない。
四、そうして、被告津市長のなした本件各金員の支出命令はすべて津市表彰規則にもとづいてなされたものであることは先に認定したとおりである。
以上認定判断のとおりとすれば、本件各金員の支給は、その妥当性の点はさておき、違法であるとは認められず、原告らの本訴請求はいずれも失当であるといわざるをえないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤文雄 杉山忠雄 坪井俊輔)